はてな?アリの巣が







ぼくの住んでいる小さな雑木林のところどころに、ガマズミの木が咲いている。



秋になると、画像のように5〜6ミリの大きさの赤い実を、つけてくれる。



秋の紅葉と同じくして、このガマズミの赤い実が何もなくなった雑木林の中の、

晩秋の貴重な風物詩とも言っていいだろうか。



もし、このガマズミがなかったら、この季節があじけない風景になってしまうだろう。



そして、いつものように、ただただあてもなく雑木林の中を歩いていると、

ある一本のガマズミの木に、ごらんのような、いつの間にか、アリの巣が

出来ているのに気がついた。



遠い昔のぼくだったら、自然のこんなに小さい営みなど、どっちでも良かったのだろうと、

ほとんど関心が無かったのだが、とみにここ数年は目にとまるようになってきた。



アリの何の種類の巣だろうかと思って調べるところまではいかないが。



しかし、このような生態系で育まれる大自然の素晴らしさを、ここ数年

とみに感じるようになってきたのはなぜだろうか。





ヤシャブシの実・・・







いつだったからか、いつのまにか家の南東側に「ヤシャブシ」という

名前の木が生えてきた。



昨日の初冬とも言える季節に、冷たい雨が降ったあとの

今日の青く晴れきったすがすがしい青空の中、誇らしげに

起立している「ヤシャブシ」は威厳さえ感じられる。



幹の枝の入り組んだ間をかいくぐって、ヤシャブシの実が青空の色の中に、

溶け込んでいく。



その実は2〜3センチの大きさだろうか。



理由はないけれだ、ヤシャブシの実にぼくは、いともしれない愛着を感じている。












ヤシャブシの落葉した葉は又、不思議なことに紅葉した葉ではない。



緑の色の付いたままの葉で落葉するのだ。



ベランダに落ちて仲良く並んでいるヤシャブシの葉と実に、クヌギの葉が

落ちてきて、仲良く並んでいる。



来年も又、同じようなことを繰り返しながら、今頃の季節にヤシャブシの

実はクヌギの落葉した葉と、仲良く並んでいるのだろうか。








思い出の壁掛け飾り・・・





昔、むかし、雑貨ショップを開店するときに店内の内装の壁塗りを

手伝ったことがあった。



手伝ったと言うよりか、好奇心旺盛なぼくは、ムリを言って左官屋さんに

ショップの壁を塗らしてもらったのだ。



まえから一度、壁塗りをやってみたかった。



プロの左官屋さんは長年の経験に基づいて無為自然な滑らかな塗り方を

するのに対して、ぼくは肩に力を入れて凹凸のある立体感をつけようと力んだのだ。



その、塗り方にぼくは当時満足していた。



しかし、何年かして久しぶりに壁を見てみると、左官屋さんの塗った壁のほうが、

ぼくが塗った壁よりか飽きないということに気がついた。



奇異をてらって凹凸のある壁を有頂天になって、当時塗ったのを思い出して

やっぱり左官屋さんのプロとしての技術に感嘆したものだった。



そのときの残った壁土で作ったのが写真の飾りである。



絵画用のキャンパスに壁土を塗り、竹のヒゴ、ワラなどで装飾を施した壁掛け飾りを、

5〜6個作ったが一個だけを残して全部売れてしまったのだ。



この一枚の壁掛けは記念に残しておいたものだ。



今、ぼくの家の二階の階段のところに飾ってある、思い出の壁掛け飾りを見て、

そんなことを思い出していた。







そして、新しい発想で、もう一度作ってみようかと・・・・・。







「ニューノーマル」と言う変化







一昨日,日曜日の朝日新聞に興味ある記事が掲載されていた。



ユニクロの「+J(プラスジェイ)」という、ジル・サンダーがデザインしたブランドが

大好評だと言う。



ジャケットが1万円前後というユニクロとしては高価だが、発売初日にはパリ、

ニューヨーク、東京で行列が出来た。



競合関係にある大手商社の幹部は、「くやしいほど出来がいい」という話が

伝わってきている。



百貨店、専門店と言う業態の垣根が格段に低くなっていると言う。



百貨店の衣料品売上高が10年前と比べて25%減り、スーパーは半分になった。



どうやら、売れないのは景気が悪いからだけではなさそうだ。



日本人の消費者意識が「あれがいい」「これがいい」から「これでいい」に変わりつつあると

指摘されている。



「+J」が消費者にとって「これがいい」に近い「これでいい」という微妙な好位地に

あると言われている。



バブル崩壊時のように、価格だけを追求しても、消費者は振り向いてくれる時代では

なくなった。



イオンの岡田社長も消費者の変化を感じ取って「ニューノーマル」という言葉を使う。



「景気回復後、正常化後の経済は従来とは様代わりする」という意味らしい。



岡田社長は「消費スタイルは、もうかってのようには戻らない」と大量消費社会の

終幕を読み取っている、それをビジネスチャンスに出来るかどうか。



又、ユニクロも柳井社長は言う。



「お客様が支持するもの、求めているものは何か。百貨店、スーパー、専門店という

枠を取り払って考えないといけない。自分たちで新しい業態をつくらなくてはいけない」。









邱永漢のブログからの抜粋



柳井さんが世界一を目指した
日用衣料品からファッションに及ぶ業界は
自動車や情報産業と違って昔からどこの国にもある業種ですから、
それだけに世界一を目指し、
それを実現することは並みの神経では望めないことです。
しかし、常識を打ち破って
よじのぼって行くプロセスを見ていると、
それぞれの段階で人には見えなかった
スキマがあることがわかります。
そのスキマを見つけることのできる人だけが
成功者に名をつらねることができるのです。





どうやら、ぼくらは消費者動向の変化で生じる「スキマ」を見抜く努力が必要な

タイミングに来ているようだ。










晩秋の瑞々しい赤い花・・・






秋雨の日が続いたあと、昨日の日曜日は秋の晴天にふさわしい空気の澄んだ

暖かい日だった。



晩秋にしては暖かい風がぼくのほうを柔らかく撫ぜていく。



時々強く吹く南東からの風によって、紅葉しきったクヌギの落ち葉が、

まるで黄色い雪がサラサラと降っているように斜めに落ちてくる。





いつもの朝のように、歯磨きをしながらほとんどクヌギの木にしか紅葉した葉が

残っていない家の前の林を散策していると、赤い可憐な花が咲いているのに

ふと気が付いた。



今頃咲くこの花はなんと言う名前だろうか?



秋に咲く花としてはふさわしくないみずみずしく可憐な花だ。



こんな花がぼくの林の片隅のぼくの土地ではない向こう側に咲いているとは、

いままで全く気が付かなかった。



いつごろから咲いていたのだろうか。



鳥が実を食べて糞として落としていったのだろうか、それともどこからか風と共に

実が飛んできたのだろうか。







ぼくはこの花を発見して嬉しくなった、又一つ、新しい友達が増えたような

気分にしてくれるからだ。







そうだ、今年もまた干し柿を作ろう!!!




「桃(モモ)栗(クリ)三年柿(カキ)八年」ということわざがある。



ことわざのとうり、桃や栗は植えてから3年で実がなるが、

柿は実がなるまでに8年もかかると言う話だ。



いつしか家の裏のウッドデッキの土手の近くに柿の木が生え出したのに

気が付いてから5〜6年になるだろうか。



最初は、何の木だろうかと思っていたのだが、4年前に始めて実がなってから

柿の木だと言うことに気づいた。



そのとき実がなったのはほんの数個だった、そしてその実は直径5〜6センチ位の

大きさだった。



3年前には十数個の実がなるようになったので思い切って干し柿を作ることにした。



農家のおばさんの話を聞いて、皮を剥いた後、干しているときに時々実を

揉んだほうが美味しくなるので、何回か途中で揉んだ記憶がある。



一口で食べられるような大きさの干し柿が出来たのは、干してから一ヶ月が

経った頃だろうか。



昔は干し柿なんて目もくれなかったぼくだが。



しかし、自分で丹精込めて作った干し柿は、感動の美味しさだった。



昨日、柿の木を見ながらそんなことを思い出していた。






せっかく実った柿の実を、今年もまた干し柿にしてみようかとここ数日続いた

晩秋の冷たい雨の空模様を眺めながら思った。


いよいよ来た!







裁判員制度が始まって2年目になろうとしているのだろうか。



新聞紙上では何かと裁判員制度が話題になることが多かった

この1年だった。



しかし、ぼくは自分のことで精一杯でほとんどそんなことには関心がなかった。



もし、ぼくが裁判員制度に選ばれるならば、早く選ばれたかったと言う

気持ちはあったが。



なぜ、そういう気持ちになったかは定かではない。



多分、好奇心からだろうからか。



小説や映画で感覚的にしか触れることの出来ない犯罪と言うどろどろの

人間の負の内面に触れる機会があれば、自分自身としてどのように対処できるかという

好奇心だったのかもしれない。



人間のぎりぎりの人生という生き様が凝縮された犯罪。



犯罪を犯さなければならないようになったその経緯、

そしてその人が犯してしまった行為に、

安易に関わって良いのかという不安、

犯罪を犯した人のこれからの人生を簡単に決め付ける

権利があるのかという僕自身の不安があるのも事実だ。







そして、昨日、郵便箱の中に他の郵便物と一緒に最高裁判所からの

裁判員制度の通知が入っていた。




僭越ではあるが、もし僕自身が最終的に裁判員に指名されたら、

積極的に受けていこうと思う。














                 

うろこ雲・・・







PCに向かっている時に目の疲れを癒す為にも、時々家の裏にある

ウッド・デッキのイスに座ってコーヒーを飲みながら休憩をとることが多い。




晩秋の趣を一層深めている今、空気は澄んでいてすがすがしい

気分にさせてくれる。




ふと、西の方向に空を見上げると、くっきりと空と雲がところどころ分離している

「うろこ雲」 がより鮮明にそして透明感をもってぼくの目の前に迫ってきた。




こんな素晴らしいそしてすがすがしい 「うろこ雲」 を見たのは、もう、何十年ぶりだろうか。




今日のこの「うろこ雲」は周りの紅葉しきった木々と互いに溶け合って

なんともいえない晩秋の装いをより一層ぼくに印象づけてくれる。




そして、この雰囲気の中でのコーヒーの美味しさと言ったら・・・。







もう少しのあいだ、「うろこ雲」をまだ見ていられるように、雲のカタチが崩れないことを

祈って、ぼくはこれから夕焼けに変わろうとしている西空をいつまでも眺めていた。



森繁久弥の「知床旅情」を悼む

      




なんと言っても、ぼくらが学生時代の探検部で活動していた頃に
よく歌ったのが知床旅情だった。



ほとんどぼくらの探検部の ”部歌” と言っていいほどよく歌った歌だった。



勿論、クラブ活動で知床半島にも行ったし、沖永良部島にも、

また、西表島、十勝川源流「ヌプントムラウシ川」にも・・・。



そんな活動をしているときに、野営して夜、何もすることがないと火を囲んで

皆で良く歌ったものだった。



その哀愁に満ちた森繁の歌い方が、ぼくらの心を引き付けた歌だった。



森繁久弥が亡くなったと言う。



しかし森繁久弥作曲作詞の知床旅情はぼくらの心に永遠に生きている。



そして、この歌と共に探検活動をしている時のテントの中でこの歌を歌いながら、

将来の夢を見てきたぼくら自身の青春真っ只中のあの頃を思い出す歌なのだ。






そして,ちょっとHな森繁久弥がぼくは好きだった。

「河内成幸展」を見て・・・






ジパング・イズムにも出品してもらっていて、探検部の後輩でもある

松岡が、南アルプス市春仙美術館で開催する「河内成幸展」の関係者を

連れて高松から遠路はるばる訪れるてから、既に一ヶ月以上が経っただろうか。



松岡他4名の人たちが、ぼくの家に寄りながら翌日の

「河内成幸展」の開催の式典に出席する為に高松から来訪したという。



そんなことから、ぼくの家に彼らが寄ってくれたときに入場券のチケットを

貰ってあったので、南アルプス春仙美術館に行ってきた。









僕が春仙美術館を訪れたときには入場者はもう一組しかいなくて、

館内はシーンとしていた。




河内成幸の版画は、

通常の木版画は凸版であるが、自由な動きやスピード感ある表現に必要な

凹版を手がけ、量感やスピード感のある作風が特徴だと解説書に書いてあった。



確かに北斎の浮世絵の影響を受けたらしい富士に荒波の画風は大きなうねりに

自由闊達な動きと共にスピード感が溢れていた。



しかし、あまりにも北斎の画風に似ている為、河内成幸の個性がうずもれてしまって

いるのではないかという印象を否定できなかった。



ぼくにはもう一つ伝わってくるものがなかったような印象だ。

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